「本気の関係」の一般的なイメージの多くは、同じ家に暮らし、日々の生活リズムが重なり合い、関係の一部が半ば自動的に回っていくほど定期的な時間を一緒に過ごすことを前提にしている。しかし、仕事のせいで一緒にいる時間より離れている時間のほうが長い二人には、そのどれも当てはまらない。だからといって、クルー同士で本気の関係を築くことが不可能なわけではない。ただ、その組み立て方が違うというだけのことだ。
「一緒にいる」の本当の意味を定義し直す
常に物理的にそばにいることを土台にした関係は、ほとんどのクルーには実現できない。だからこそ、長続きする関係を築いているカップルは、そうした基準で本気度を測ることをやめる傾向がある。代わりに「一緒にいる」ということは、離れている間の確かさを意味するようになる。約束した電話にきちんと出ること、海上や空の上でのつらい一週間について正直に話すこと、せっかく取れた時間を他のあらゆることに奪われないよう守ること。存在するということは、近さではなく一貫性の問題になる。
この転換は自然には起こらない。従来の同居型の関係を基準にするのをやめ、自分たちなりの基準で関係を測るようになるには、たいてい明確な話し合いが必要になる。そうしないと、どちらの生活にとっても現実的ではなかった基準に、関係が常に届いていないように感じてしまいがちだ。
将来の形について早めに合意しておく
この関係がどこへ向かっているのかについて、あいまいなまま口に出さない思い込みを抱えていると、クルー同士の関係では他の多くの関係以上に深刻なダメージを引き起こす。単純に、日々の接触が少ないぶん、認識のズレが自然に表面化しにくいからだ。どちらかがいずれ陸上勤務に移るのか。何年先であっても、共有の拠点を持つ計画はあるのか。二人とも、この先もずっとローテーション勤務の仕事を続けるつもりなのか。こうした話は早い段階でするには時期尚早に感じられるかもしれない。しかし実際には、クルー同士の関係のほうが、一般的な関係よりも早い段階でこうした話をしておく恩恵は大きい。どこに住むか、いつ休暇を申請するか、拠点を移すかどうかといった、多くの実務的な計画がその答え次第で決まってくるからだ。
また、しばらくの間、答えが本当に定まらないままでも構わない。この業界のキャリアは変化していくものだ。甲板実習生がやがて船長になり、リージョナル便のファーストオフィサーが長距離路線に移り、ホテルディレクターが陸上勤務のポジションを打診される、といったように。大切なのは、今すぐ固定した答えを持つことではなく、どちらか一方が相手に知られないまま、頭の中でこっそり別の将来を思い描いてしまうことがないよう、定期的にこの問いを確認し合うことだ。
同じ場所にいなくても成り立つ習慣をつくる
これをうまく成立させているカップルは、場所を選ばずに続けられる小さな習慣を築いていることが多い。旅程のある地点で送る決まった曲や写真、二人だけの定番のジョーク、スケジュールが許すようになったら一緒に行きたい場所のリストなどだ。これらは実際に一緒に過ごす時間の代わりにはならない。しかし、離れている間をつなぐ一本の糸を築いてくれるので、再会するたびに関係がゼロから始まるように感じずに済む。
共有のメモやアルバムをずっと続けているカップルもいる。電話をするほど急ぎではなくても、相手が知りたいと思うような出来事があるたびに、一言や写真を書き加えていくのだ。そうしておけば、再び一緒になったときに、何カ月分もの別々の生活を一度の会話で記憶から再構築しようとするのではなく、話のきっかけとなる記録がすでに手元にある状態になる。
信頼は、これまでとは違う形で、明確に築く必要がある
お互いの日常を日々目にする機会が少ない関係では、信頼は常に相手を観察していることだけには頼れない。代わりに、はっきりとしたコミュニケーションを通じて築いていく必要がある。職場での人間関係について、寄港地でのつらい夜について、不安について、限られた連絡の中で相手が自然と察してくれるだろうと期待するのではなく、率直に話すこと。それは、そばにいることで自然と透明性が保たれる関係よりも、こうした関係においてこそ重要になる。
- 関係の長期的な形については、自然に感じられるよりも早い段階で、はっきりと話し合う
- 場所やタイムゾーンに関係なく続けられる小さな習慣をつくる
- 離れた場所から相手に異変を察してもらうことに頼らず、自分から積極的に連絡する
- 一緒に過ごす時間は、なんとなく埋めるものではなく、意図的に守るべきものとして扱う
- 計画は定期的に見直す。28歳のときにうまくいっていたローテーションのパターンが、35歳でも同じようにうまくいくとは限らない。それが問題になる前に話し合っておく価値がある
「落ち着く」ということの本当の形
クルーカップルによっては、本気の関係とは最終的に、片方が陸上勤務に移り、もう片方が航海や飛行を続けることを意味する。また別のカップルにとっては、二人ともこの先ずっとローテーション勤務のキャリアを続け、拠点となる家はほとんど空き家同然でも構わない、という形になる。関係は、毎晩そこで一緒に過ごすことを前提に築かれたものではなかったからだ。ここに、安定した将来の唯一正しい形というものは存在しない。あるのは、二人が思い込みではなく、実際に声に出して合意した形だけだ。
どの形に落ち着くかよりも重要なのは、その決定にどうやって至ったかだ。どちらかが単純に相手に譲るものと決めつけるのではなく、双方のキャリアを正直に天秤にかけながら一緒にたどり着いたカップルは、当時たまたまスケジュールが厳しいほうの都合で将来の形が静かに決められてしまったカップルよりも、その結果にずっと納得している傾向がある。
それは、劣った形の本気度ではない
予定された電話、計画された重なりの時間、そして長く続く一人の生活の上に成り立つ関係は、本物の本気度を妥協した結果ではない。多くのクルーカップルにとって、それは二人が選んだ人生における、本気度のごく自然な形にすぎない。これをうまくやっているカップルは、距離を回避する方法を見つけたわけではない。距離を関係の敵として扱うのをやめ、それを関係が築かれる土台そのものとして扱うようになったカップルなのだ。