初めての二人旅は、料理でいえば下ごしらえの時間です。派手な演出より、水加減と火加減が大事。五十代、六十代のお二人が最初に出かけられる旅は、距離も日程も、少し控えめなくらいがちょうどよいのです。
東京駅から北陸新幹線かがやきで、金沢まで二時間半。この距離は、偶然ではなく、初旅にとても似合います。飛行機のような急ぎ感がなく、在来線のような疲労もない。車窓からは、浅間山、妙高、そして日本海側の雪が、順番に見えます。
なぜ金沢が最初の二人旅に向くのか
- 街が歩ける大きさ。兼六園から東茶屋街まで、徒歩とタクシー一本で行けます。疲れたら、すぐにお宿に戻れます。
- 一人の時間を取りやすい。二十一世紀美術館と鈴木大拙館では、それぞれが別のペースで歩けます。全行程を手をつないで歩かなくても、自然なのです。
- 食事の選択肢が広い。加賀料理の高級店から、近江町市場の立ち寄り店まで、その日の気分で選べます。
- 温泉への距離が近い。金沢市内に泊まりつつ、山代温泉や加賀温泉に一泊だけ足を延ばすこともできます。
二泊三日の、無理のない設計
一日目は、東京を昼前に出て、金沢に夕方到着される設計が楽です。チェックインして、お宿で一時間休み、夕食は近場で。初日に観光を詰め込まないことが、二人旅を心地よくする最初のコツです。
二日目の午前は、兼六園をゆっくり歩かれる。朝一番に入ると、人が少なく、霜の降りた松が美しいことがあります。午後は、東茶屋街でお茶と和菓子。夜は、お宿の会席料理ではなく、街中の小さな割烹を予約されると、話の距離が縮まります。
三日目は、二十一世紀美術館を午前中に見て、お昼を軽くとって、昼過ぎの新幹線で東京に戻る。疲れを持ち帰らない設計です。
一緒に過ごす時間と、別々の時間
五十代以降の二人旅で、見落とされがちなのが「別々の時間」です。朝食の後、ホテルに戻られたら、片方は近くのカフェで新聞を読み、片方はお宿で本を読む、といった三十分。
これは冷たさではなく、お互いが自分のリズムを保つための休符です。二十代のお二人なら、二泊三日ずっと一緒でも構いませんが、五十代、六十代の体力と心理には、この小さな休符が効きます。
鎌倉に何度も二人旅をされている六十歳の男性が、こうおっしゃいました。「朝、三十分だけ別行動するようになってから、旅の後半で喧嘩しなくなったんです」。
お金の分担を、先に静かに決める
初めての二人旅では、お金の話を出発前に軽く済ませておかれるのが賢明です。新幹線代は各自、お宿は折半、食事はその場で交互に、といった簡単な合意です。
「今回は僕が全部」という申し出も嬉しいものですが、二人旅が継続していくことを考えると、五十代以降はお互いが「払える範囲」で負担される関係の方が、長く気持ち良く続きます。金沢のような街は、食事と観光でそれなりに予算がかかりますので、ここで不透明さを残さない方がよいのです。
宿の選び方、三つの目安
- 部屋にソファがある。ベッドかお布団しかない部屋では、昼の一休みがしにくい。ソファ、あるいは広縁があると、お互いに別のことをしていても窮屈になりません。
- 朝食の時間が融通が利く。決まった時間に強制される朝食より、幅のある朝食付きプランの方が、五十代の旅には合います。
- 大浴場と客室露天、両方の選択肢がある。初旅では、無理に一緒にお風呂に入らなくてもよいです。お互いのタイミングで選べる宿の方が、距離を詰めやすいのです。
初日の夜、食事中の小さな会話
初めての二人旅の夜は、不思議な緊張があります。ここで、将来の話や、過去の結婚の話を重く始められると、旅全体の空気が硬くなります。
代わりに、今日見たもの、今日感じたこと、明日の予定についての軽いおしゃべりを中心にされてください。車窓から見えた浅間山、到着時の金沢駅の鼓門、宿の仲居さんの着物の色。具体的な話題の方が、お二人の関係をじんわり温めます。
帰り道に、一つだけ決めておく
東京駅に戻られる前に、一つだけ次の予定を決めておかれると、旅が閉じずに開いたままになります。「半年後に、箱根に行こうか」「秋には軽井沢に紅葉を見にいこう」。
次の約束を持ち帰る旅は、帰ったあとの日常もまた少し明るくなります。五十代の二人旅は、ゴールではなく、ゆっくりした下ごしらえ。金沢の二泊三日が、その出発点になれば、よい下ごしらえです。